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福岡高等裁判所 昭和35年(ラ)33号 決定 1960年2月26日

抗告人 首藤黄楊蔵

訴訟代理人 工藤日出男

相手方 保月定

主文

原決定を取消す。

相手方は別紙目録記載の不動産につき、抗告人のため、昭和二八年八月一〇日売買による所有権移転の仮登記をなすべし。

理由

一、抗告人は主文同旨の決定を求め、その理由は別紙目録記載の不動産につき抗告人は、その所有者である相手方との間の、昭和二八年八月一〇日売渡抵当契約により所有権を取得したが、登記義務者である相手方の協力を得られず、不動産登記法(以下単に法と書く)第三三条第二条による仮登記ができないので、法第二条第三二条の規定により、仮登記仮処分命令を求める旨の申請をなしたところ、原裁判所は右各法条の解釈を誤り申請を却下した。思うに、法第二条に登記の申請に必要な手続上の条件が具備しないときとあるのは、まさに本件のような場合を指し、かような場合を外にして法第三二条はほとんどその必要がなく、また原決定の説明するような場合は、事例としても極めて稀なことでかくては同条の存在する実益がない。結局原決定は法令の解釈適用を誤つたものと信ずるので本件抗告に及んだ次第であるというのである。

二、抗告人(申請人)が原裁判所になした申請の要旨は右一に記載のとおりであるが、これに対し原裁判所は、「申請人は法第二条の仮登記権利者として、法第三二条による仮登記仮処分命令を申請するにあると解すべきところ、法第二条第一号は登記義務者の協力がないために、手続上の条件が具備しない場合を含まない(換言すれば、同号は登記義務者の協力を得られるとしても、尚且手続上の条件が具備しないことによつて、本登記をなし得ない場合をいう)と解すべきであり、また、同条第二号は、実体上の権利変動が未だ発生していない場合に関する規定であるから、被申請人(相手方)から売渡抵当として、本件不動産の所有権を取得したと主張し、被申請人の協力があるとしても、尚手続上の条件が具備しないため、本登記をなし得ない点について、何等の主張立証もない本件申請は理由がない」として、これを却下したことは記録上明白である。

三、法第二条第一号の仮登記は、すでに不動産に関する実体上の権利の変動が生じているが、本登記の申請に必要な手続上の条件が具備しない場合に、これをなしうべきものであるところ、その申請は、

(1)  仮登記権利者、仮登記義務者の共同申請によりなす場合(法第二六条)

(2)  仮登記義務者の承諾書を添付して仮登記権利者が単独で申請する場合(法第三三条)

(3)  仮登記を命ずる確定判決により仮登記権利者が単独で申請する場合(法第二七条)

(4)  仮登記権利者が、仮登記仮処分命令を申請し、これを命じた裁判所の嘱託によつてなす場合(法第三二条)とに大別することができる。右(1) (2) の申請においては、協力の程度に差があるとはいえ、要するに仮登記義務者の協力がある場合であるので、登記申請につき法第三五条第一項第四号の書面を提出できないときなどの場合にかぎり第二条第一号の登記の申請に必要な手続上の条件が具備しないときに当るとして、同号の仮登記をなしうべく、第三五条第二、三号、第五号の書面を提出することができない場合とか、本登記の登録税を納付できないときなどの場合は、登記の申請に必要な手続上の条件が具備しないときに当らないと解するのを相当とし、原決定の説示はこの場合には妥当するけれども、右(1) (2) と異なり仮登記義務者が、登記申請に協力しない右(3) (4) の場合は、仮登記権利者は、仮登記義務者に対し仮登記をなすべき旨を訴求し、勝訴の確定判決を得て、単独で仮登記を申請しうるのは当然である(右(3) の場合、民訴第七三六条参照)が、法第三二条は、仮登記が本登記の順位を保全するの効力を有する点において、民訴の仮処分と趣を同じくすることある点にかんがみ、仮登記義務者が、登記に協力しない場合(共同申請に協力せず、また仮登記権利者に法第三三条の承諾書を交付しない場合)に対処して、仮登記権利者が仮登記原因(実体上の権利変動があること及び仮登記義務者が右の協力をしないことをいう)を疎明することによつて、いわば訴訟という面倒な手続によつて判決をうるまでもなく簡易に仮登記を経由しうることを規定したものと解すべきであるので、法第三二条によつて第二条第一号の仮登記仮処分命令を求める申請人は、当該不動産に関する実体上の権利変動が、すでに生じていること、及び仮登記義務者が法第三三条の承諾書を交付せず、また登記の共同申請にも協力しないことを疎明することは必要であるけれども、この疎明をもつて足りるので、原決定説示のように、仮登記義務者の協力があるとしても、なおかつ手続上の条件が具備しないため、本登記をなし得ないという事実についてまで疎明する必要はない。原決定は、仮登記義務者が登記申請に協力しないことも、法第二条第一号の登記の申請に必要な手続上の条件を具備しないときに当ることを解せず、仮登記義務者が登記申請に協力しない場合に対処する法第三二条の仮登記原因の疎明と前記(1) (2) の仮登記義務者が仮登記申請に協力する場合の仮登記申請の条件とを混同し、ひいて法第二条第一号及び第三二条の解釈適用を誤つた違法がある。原決定説示のとおりだとすれば、法第二六条、第三三条の外に、第三二条が設けられた立法理由を解することができず、第三二条は、仮登記の申請に法第三五条第一項第四号の書面を提出することができない場合にかぎり適用されることとなり、その結果は法第二六条、第三三条に従つて登記申請をなす場合とほとんど同一に帰し、右各法条を離れて第三二条が独自に適用される場合を思考することが困難である。

抗告人が原審に提出した仮売渡証、登記簿謄本、相手方が登記に協力すれば、特段の事情のないかぎり、抗告人がわざわざ仮登記仮処分命令の申請をなすはずがないと推認されること、及び一件記録によれば、本件につき法第三二条所定の仮登記原因の疎明があると認められるので、原決定を取り消し、本件申請を許すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 鹿島重夫 判事 秦亘 判事 山本茂)

(別紙)

目録

大分県大分郡大南町大字下戸次字平原五一一七番の二

一、山林 二反六畝一二歩(相手方の登記簿上の住所下戸次五一二三番の一)

同 所五一三三番

二、山林 一反歩

同 所五一三五番

三、山林 一反二畝一八歩

(右二、三の相手方の登記簿上の住所肩書記載のとおり)

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